ニートが本気出して学んでみた

四十路間近で、学校で学び直すことを決めました。その学びの記録を綴っていきます

自然発生説

古代、アリストテレス(紀元前384~322)は、「生命はどのようにして誕生するのか」という問いに対し、まず生気論という考え方を見出し、その生気が無生物に宿ることで生命が発生するのだと説いた。これが自然発生説の始まりである。

アリストテレスが自然発生説を唱えてから実に2000年もの間、誰もこれを否定することなく、常識として信じられてきた(実際には異を唱える者はいたと思うが、証明はできなかった)。そんな中、1668年、レディ(1626~1697)の実験により自然発生説は大きく揺らぎ始める。レディは、肉片を瓶に入れ、瓶口を開放して放置すると次第に蛆が発生するが、布で覆って放置した場合は蛆が発生しないという事実を示した。これにより、肉片から蛆が発生するのは、自然に出てきているわけではなく、飛来したハエが産卵している結果に過ぎない、と結論付けた。ちなみに、レディはハエについて否定しただけで、すべての生物についての自然発生を否定したわけではない。ただ、これにより自然発生に疑問を投げかける研究が急速に進むことになる。

微生物の発見・・・レディの実験で自然発生説を否定する者が増える中、レーウェンフック(1632~1723)は、自らが開発した顕微鏡により、肉眼では見えない極小の生物(微生物)を発見した。レディの実験からわずか4年後の1672年のことである。これにより、要するに「レディの実験を行うことでハエの自然発生は否定できるかもしれないが、同じような実験をしても微生物が発生することは事実である」という自然発生説を再度主張する声が強まることとなる。

スパランツァーニ(1729~1799)は1765年、肉汁をフラスコに入れて十分に加熱した後、フラスコの口を溶接により完全密閉すると、その状態で長時間放置しても肉汁に微生物が発生しないことを証明した。これに対してニーダム(1713~1781)をはじめとする自然発生論者は、「生気とは空気に含まれているので、その空気を完全に遮断してしまえば生命が発生しないのは当然であり、自然発生を否定したことにはならない」と主張した。この主張を覆すことはこの時点ではできず、自然発生説の否定を決定づけることはできなかった。ただ、この頃はすでに自然発生説を否定的に考える論調の方が強かったとされる。

スパランツァーニの実験からさらに100年後の1862年パスツール(1822~1895)が白鳥の首型フラスコを使い、自然発生説を完全否定したことは、あまりに有名。彼はフラスコの先端部分をS字にカーブさせ、空気は取り込めるが空気中の塵や微生物は入ってこられないという状況を作り出し、あとはスパランツァーニと同様に肉汁を加熱処理するという実験を行った。加熱後、この状態で長時間放置しても微生物が発生しなかった。これによりかつてのニーダムらの主張を覆した。長きにわたる自然発生説の論争にピリオドを打ち、「生命は生命からしか生まれない」という現代では当然のこととして認知されている「生物発生説」を証明したのである。

同時に、彼らの行った研究結果は、現代における食品の保存や滅菌などに広く応用されており、その功績は計り知れない。

 

以上、自然発生説について今回学んだこと。

 

余談だが、1862年になってようやく自然発生説を完全否定したという事実は、個人的にはとても興味深い。1862年と言えば、日本においては幕末の動乱真っただ中、アメリカでは南北戦争の最中であり、蒸気機関を搭載した装甲艦(いわゆるペリーの黒船)が浦和に来たのは、10年近くも前の1853年のことである。そして、自然発生説を否定した翌年の1863年早々には、ロンドンで地下鉄が開通している。これだけ科学技術が発達していた時代において、自然発生説が依然として否定しきれなかったのだ。

100年後にももしかしたら同じようなことを言われているかもしれない。どういう方向へ行くかわからないが、たとえば

「すでにネットワークが世界中に張り巡らされていた時代に、臓器移植では他人の臓器を使ってたんだよな、、、」とかね。はたまた、この発展速度が逆転するのか。

そんな日が来るかもしれないと考えると、ちょっと未来が楽しみになる。